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ほほえみだより

 



  〜 No.58  (2004年10月号)

これからは50%でいいじゃない そう思ったら気がラクになりました

 
歌手
島倉千代子さん

10月20日の東京を皮切りに4都市で開く「島倉千代子歌手生活50周年記念リサイタル〜私の愛すべき歌謡曲(こどもたち)〜」を目前に控えて、歌のレッスンをはじめ日舞、洋舞など舞台の稽古に忙しい島倉千代子さんにお話をうかがいました。


「8月7日にNHKおもいでのメロディーで『りんどう峠』を歌いました。その時とってもよく歌えたので、今、少し自信が湧いて来ています」
島倉千代子さんは真剣な顔でそう言いました。島倉さんのような大歌手がそんな心配をしているなんて、と驚かずにはいられませんが、去年の夏に、ストレスのために声が出なくなった危機を乗り越えてのことなので、とりわけうれしく思われるのでしょう
「歌うことがしあわせ」
60歳になった時、年とともに声は出なくなるし、体力も落ちる、60代になったらどんな歌があるんだろうと悩みました。声が出なくなった時は、もう歌をやめたほうがいいのかしら、と悩んだそうです。でも「そうじゃない、今こそ60代の声を研究する時だ」と思い直しました。『りんどう峠』は17歳から歌い続けている曲だけれど、とても難しい曲。その歌がうまく歌えたのが「うれしい」と、あのすずしい目元を和ませる島倉さんはウットリするほどきれいです。
「この間、高齢者はいくつからでしょうかとうかがったら、65歳からだそうですね。私は66歳。そうか、私もいろいろなサービスを受けられるんだと知って、うれしいなあ、と思いました。すてきなことですよね
すうっと私たちの身近に来てくれました。島倉さんは7歳の時に左手首をガラスで切る大ケガをしました。すっかり無口になった娘を慰めようと、お母さんは歌を歌ってくれました。それが歌と一緒の人生の始まりでした。16歳でレコード歌手になり、すぐに大ヒット『この世の花』が生まれ、以来不動の人気を誇っていますが、ご自身は『鳳仙花』や『人生いろいろ』といった大きなヒットのたびに、「ああこれで救われた、よみがえった」と思ったものだそうです。その人生には数々の苦難があり、ケガも病気もいろいろありました。
「今は何でも話せますよ。つらいこといっぱいあったけど、50%でいいじゃないって思うようになったら、それからは気がラクになりました」
 何一つ具合の悪いところがない人なんかいない。歳を取ればなおさら。100%の力を出して完璧にやろうと思わずに、50%でいい、と考え方を切り替えました。歌も50%でいい、それで歌い続けようと決心したと言います。
「病気は友だち。何があってもつらくても、そのつらさも友だちと、笑って生きています」
歌い続けるためにも体力づくりは欠かせません。ショーの舞台には必ずといっていいほど階段を降りながら歌う演出があるので、足を鍛えます。また乳がんの手術の後は、毎日動かさないと左手があがらなくなるので、体操もしています。島倉さん考案の『ちよこまち』体操を、本誌4〜5ページで紹介しているので、ぜひ読者のみなさんもお試しになってはいかがでしょう。  ドレスや着物をきれいに着るためには、太ることも大敵です。規則正しい生活を心がけてはいても、どうしても夜中にお腹が空いてしまう時もあります。そんな時はところてんを食べます。水分をしっかり摂ることも大切なので、1日に2リットル強の水を飲むように心がけ、この夏はお水にレモンを絞って飲むと、飲みやすいことを発見して、実行しているそうです。
「私の歌はこれからです」
先日、50周年のプログラムのために、16歳当時の写真パネルと並んで写真を撮りました。昔も今も変わらない島倉さんです。